お酒の神様、バッカスが現れて、「一人でキャンプ。焚き火の前で、お前が一番旨いと思う酒は何かな?」と尋ねたら、私は何の酒を選ぶのだろうか。
■Sine Metu 恐れ知らずのウィスキー
メインサイトからさほど林の中に入った訳ではないが、まったく人の気配を感じない。
先ほどからの動物の鳴き声。鳥じゃない。想像するのは止めよう。
焚き火の炎だけが味方だ。
稲光が光る。少し遅れて遠くで雷の音。
バッカスだ。
また天空に稲光が走る。
雷鳴との間隔が短くなった。近づいている。
今晩のバッカスの登場は派手だ。
「ところで、今宵の酒は決まったかな?」
バッカスの声が響く。
「今日の登場は派手だね。雷も操れるのかい。」少しからかい気味に話かける。
「雷を操るのは、下級神じゃ。わしも出来ん事はないがな。」
「えっ。じゃあ、この雷はバッカスじゃないの?」
「ああ。つい先の方では、かなりの激しい雨じゃ。早く飲んだ方がよいぞ。だから決まったかと訊ねたのじゃ。」
●第31回今宵飲むウィスキーは『ジェムソン・スタンダード』
1780年にジョン・ジェムソンが確立したアイリッシュウィスキーの手法。
ピートを使わず、大麦、モルト、グレーンの3つを原料とし、3回蒸留によって造られる「ジェムソン」
その手法を守り続ける、ジェムソン一族の家訓、Sine Metu(恐れ知らず)は今もラベルに書かれています。
では、頂きます。
生産地:アイルランド共和国 コーク
製造者:アイリッシュ・ディスティラーズ・グループ
(ペルノリカール社)
色 :黄金がかった琥珀色
香り :ノンピート。微かなシェリー香。
スパイシーさとウッディーさを含んだ甘い香り。
味わい:どこまでもスムーズ。スパイシーさとナッツのような味わい。
シェリー由来の甘さ。
余韻 :柔らかな優しい余韻がいつまでも続いていく。
冬のコークの街は寒い。ポケットにアイリッシュを忍ばせて歩く。
リー川沿いを左に入るとまるで中世のお城のような建物が現れる。
見上げていると、いつの間にか、隣に痩せた老人が立っている。
「ここは百年前まで刑務所だった場所だよ。冬の寒さがきつくてね。」
えっ。と思い隣を見ると老人の姿は消えていた。
アイリッシュの酔いが見せた幻だろうか。
「スキットルにウィスキーは残っているのか?」バッカスが聞いてきた。
そんな事を聞くのは、珍しい。
「今宵は、少し辛くなりそうじゃ。せめて酒があった方がいい。」
稲光。そして雷鳴。大粒の雨が降り始めた。
当然バッカスはいない。
続く。